日々の

愚痴と悩み

理想を見てしまうのは



介護を優先させたいという気持ちを意識しすぎると私の体調を管理する為に何かしたいという気持ちすら持てなくなりがちで、私が治療を受けることも苦しくて避けがちになる。
同様に父以外の親戚、知人との交流、趣味の時間、仕事の時間、どの時間をもっても父との時間に充てなかったことを後悔してしまう。

私は気持ちの折り合いがうまくつけられなくて、自分のしたいことを受け止められないでいる。自分自身の行動や選択を認められずにいる。そして、後悔してしまう。
理想ばかりを見て、したいことがわからなくなる。

自分の考えや過去の経験に縛られて、今の感覚や興味、好き嫌い、したいという感覚を素直に認められなくなる。

そもそも、何かを優先するというのは、そのために総てを費やすことじゃない。
第一に考えるからこそ、それ以外のことのための時間や手間を優先できる。
必要に応じて、大切にしたいものから距離を置けるってことなんだろうと思う。

例えば、私が私の治療を進めて、うまく時間や体調やお金を管理できるようになれば、父と私の関係性も、施設との関係性も、私と父でできることの幅もずっと増える。
親戚や知人との関係性を私がうまく築けて、仮にサポートをお願いできれば、父は私一人から支援を受けるよりずっと豊かな支援を受けられるし、私自身もよりたくさんの刺激をもらうことができる。
そうすればきっと、気持ちの折り合いもつけやすくなるはずで、父に対しても、もっと別の関わり方ができるようになる筈なんだ。

したいことを決めるって感覚的なことだから、悩まない方がしたいことに近づけるし、納得いく選択になるのではないかな。

可能ならば、自分の今の状態と選択をしっかり意識して、自分自身の決断を受け入れながら生きたいものだけれども。