日々の

愚痴と悩み

生きています

金銭の管理や食事の管理、外出などの予定の決定などなどどれも父だけでは難しく、私や私以外の介護にか変わってくださっている方が管理や補助をしなくちゃ父の安全も生活も守ることができないと考えています。

ただ、父のほしいと言う気持ち、したいと言う気持ちを尊重しようとすればするほど、どこまでを妥当と判断すべきか、親族である私の立場からでは、客観的な判断をすることは難しく、支配的になってしまいます。

経済的虐待や社会的な虐待に繋がりかねないなという不安と、もう既に、精神的虐待をしてしまっているんじゃないかという不安が私の心から消えなくなってしまっています。

その上、どれだけ支配しようと、上手に管理できたとしても、結局は、詐欺などのトラブルにあった際に私だけでは介入が難しいのも事実。
守れないのに、傷つける意味はあるのかなと悩んでいます。

保護や補佐をつけるにも、その為の手続きが複雑で、私では手続きをすすめることさえままならない状態です。

寄り添うためにも、きちんと線引きをするところ、距離を置くところが必要だと感じています。

不安は私自身の問題ですし、手続きをすすめられず、支配的なままの状態にあるのも、私の問題です。

私自身が治療や勉強が必要ですね。

ありたい姿

面会ができなくなって随分と経つ。
介護とは何か、考えさせられる。
家族介護とはどうあるべきなのだろうか?
私は何をしたいと思うのか?
わからなくなる。
私にとって介護とは何か?
介助者として接するとは何か?
力を引き出し、主体的に動かさせることとはどういうことなのか?
人として接するとは何か?
私は何がしたいのか?